ニューノーマル時代の歯磨きの新しい意味とは?

日本歯科医師会からプレスリリースされました。

 

ニューノーマル時代の歯磨きの新しい意味とは?

 歯磨きの習慣は、非常に古く、古代エジプトの時代にもあったと言われています。また日本では、江戸時代末期に非常に多数の歯磨剤が売られていたことが記録で残っています。口腔内を清潔にすることの意味は、科学が発達する以前から大切な事として根付いていたのです。

現代では、主にむし歯や歯周病の予防を第一に考え歯磨きをする人が多いと思います。また、口臭の予防などのエチケットという意味も含まれるようになっています。そして、ウイルスから身を守るために、いま口腔が注目されています。

サイエンス・イムノロジーという高名な科学雑誌に掲載されたIshoらの論文で、口腔は新型コロナウイルスの増殖部位である可能性を紹介しています[1]。私たちの研究でも新型コロナウイルスの生体内侵入に必要な分子が、口腔粘膜、唾液、舌苔にあることを発見し、口腔が新型コロナウイルスの感染の入り口になることを示してきました[2]。

ウイルス感染から身を守る方法として、インフルエンザウイルス対策でのこれまでの経験から、口腔のケアの大切さが強調されています。特に、口腔を潤す唾液中には、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスをブロックするIgA抗体が認められ、感染を予防しています。しかし、IgAが効果的に働くには、口腔が清潔であることが大切です。

口腔を清潔にするために、歯磨剤を使用している人が多いと思います。この歯磨剤に含まれる比較的有名な成分には、ラウリル硫酸ナトリウムなどがあります。私たちの最近の研究で、この歯磨剤や洗口剤に広く使われている複数の成分(テトラデセンスルホン酸ナトリウム、ラウロイルメチルタウリン酸ナトリウム、ラウリル硫酸ナトリウム等)が、新型コロナウイルスの生体への結合や侵入をブロックする可能性を明らかにしました[3・4]。さらに、IgAの活性には影響を与えないことから、生体の持つ免疫機構を阻害しないことも分かりました[3]。

このように口腔に侵入してきた新型コロナウイルスは、歯磨剤を用いた歯磨きで感染を予防できる可能性があります。また、既に口腔に感染している新型コロナウイルスは、歯磨剤を用いた歯磨きでウイルス量を減少させることも期待されます。

ニューノーマル時代の歯磨剤を用いた歯磨きは、むし歯や歯周病の予防と同時に、科学の力によりウイルス感染対策という新しい役割が見いだされたといえるのではないでしょうか。歯磨きは、誰でも気軽にできる健康のための第1歩です。ぜひ、歯磨きを積極的にしていきましょう。

[1] Isho B. et al. Sci. Immunol. 10.1126/sciimmunol. Abe5511 (2020).
[2]Sakaguch W. et al. Int. J. Mol. Sci. Aug 20;21(17):6000. doi: 10.3390/ijms21176000. (2020).
[3]柚鳥眞里ら.新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染関連因子Sタンパク-ACE2結合に対する歯磨剤及び洗口剤成分の阻害作用.⽇本化学会第101春季年会にて発表.
[4]牧野莉帆ら.新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)感染関連因子TMPRSS2活性に対する歯磨剤及び洗口剤成分の阻害作用.⽇本化学会第101春季年会にて発表.

槻木恵一氏(神奈川歯科大学副学長)

略歴

1967年東京生まれ。1993年神奈川歯科大学歯学部卒業。1997年同大学大学院歯学研究科修了。歯学博士。同大助手、特任講師、助教授を経て2007年より教授。2013年より同大学大学院歯学研究科長。2014年より同大学副学長。専門分野は唾液腺健康医学・環境病理学。プレバイオティクスが唾液中IgAを増加し、そのメカニズムとして腸管内で短鎖脂肪酸が重要な役割を果たすことを明らかにし「腸―唾液腺相関」を発見。著書に『がん患者さんの口腔ケアを始めましょう』(学建書院)などがある。